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いいたい事がある。でも自分のブログがない方。ご活用ください。

    知識ゼロから、住宅ローンをあれこれ調べていますimages

    選び方によっては、総支払額に数百万の差がでるとのこと。必死にもなりますが、専門用語のオンパレードで本当によくわからない。ネットには情報が偏った比較サイトのオンパレード。

    「知識がないなら、人気ランキングから選べばいいや」

    という結論に行き着きました。みんな必死に考え抜いて選んでいるはずの住宅ローンだから、人気のあるとこなら間違いない!!

    まず人気があるのが窓口のないネット系の銀行のようです。理由は簡単、実店舗がない分、経費もかからないんでしょうか、かなりの低金利です。そのネット系銀行を調べていくと、だいたいTOPを競っているのが、住信SBネット銀行I、楽天、SBIモーゲージだったわけです。

    ここである疑問がでました。

    SBIと名のつく金融機関が2社ありますよ?

    「住信SBIネット銀行」と「SBIモーゲージ」

    当然同じ系列会社かと思いましたが、全く別の会社のようです。
    実際に電話して確認しましたから、間違いありません。別会社ですから、当然そのサービス内容もそれぞれ違うようです。いったいなにが違うの???・・・ということで調べてみた内容を記します。


    大きな違いは3つ。

    1つ目は、 「住信SBIネット銀行」は銀行であり、
    「SBIモーゲージ」は、住宅ローン専門会社である、
    ということ。

    住信SBIネット銀行は当然ローンの毎月の引き落としは、住信SBIネット銀行が指定されています。

    一方「SBIモーゲージ」は、引落しの銀行は好きな銀行が指定できます。三井でもUFJでも。住信SBIネット銀行にだってできます。

    金利はSBIモーゲージの方が低くみえる・・・しかし!

    両社のホームページをみると、その月の金利が表示されています。
    ここが非常にややこしいのですが、なぜかSBIモーゲージの方がかなり低金利です。 ちょっとの差ではなく、かなり低い。

     「こんなに金利差があるのなら、断然SBIモーゲージじゃないか?」って、ちょっと待った!

     これには大きな理由がありました。

    「住信SBIネット銀行」は団体信用保険が標準で組み込まれて
    「SBIモーゲージ」は別途加入しなければならないから。


     団体信用保険は、住宅ローンを借りる人はからなず入らなければならない保険です。
    返済者本人に万が一のことかあった時、ローン残金の支払いが免除されるもの。

    SBIモーゲージの方が金利が低くても、この団体信用保険の費用を加えなければなりません。そうすると、毎月の支払額はほぼ同じ、うちの場合はなんと、住信SBIネット銀行の方が毎月の支払いが低くなりました。

    「それなら住信SBIネット銀行にしよう」って、ちょっと待った!

    この団体信用保険にもトリックがあります。

    SBIモーゲージで別加入した場合、住宅ローンの残金が減るにつれて団体信用保険料が安くなっていくのです。だんだん安くなって最後はゼロになるので、結局のところ固定金利であっても実際の支払いは下がっていく仕組みになっています。 
    一方、住信SBIネット銀行では、支払額はそのまま。なので細かい計算しないと、どっちが得なのかよくわからず、微妙なラインとなるわけです。

     もう1つ。 よく 「住宅ローンの団体信用保険に入っていれば、民間の生命保険に入らなくていいよね!?」 と思っている人がいます。(僕です)

    この考えは注意が必要です。 住宅ローンの団体信用保険は「買った家のローン」に対する保険です。 ゆえに何年か後、ほぼ住宅ローンが完済する頃に大事故にあったり、しんだりしても、支払われる保険金は住宅ローンの残金分のみ。しかもローンを完済したらその後は無保険。
     それに気が付いて生命保険に入ろうとしても、その時には年齢的に保険金はハネ上がります。 負担が多くて大変ですが、住宅ローンの手続きが終わったら一考しましょう。   

    SBIモーゲージは、フラット35である。

    このフラット35っていうのもよくわかりませんでした。

    そもそもフラット35とは「銀行の住宅ローン金利が高いし審査も厳しいから、もっと負担を減らして多くの人達に家を買ってもらおう」と、公的機関(
    住宅金融支援機構)がつくった長期固定金利の住宅ローンだそうです。

    その最大の特長が超低金利なことでしたが、最近はネット銀行各社も筆頭に相当がんばっており、今やその実質的な差はほとんどなくなってしまいました。その他にも、保証人、保証料が不要、繰上げ返済手数料不要なども特長。

    公がやっているサービスといっても民間金融機関も関わっています。SBIモーゲージだけでなく、楽天や新生などもだしています。

    ・SBIモーゲージのフラット35
    ・楽天のフラット35
    ・新生銀行のフラット35

    なんてのがあります。そしてフラット35同志でも窓口になる提供各社によって金利もサービスも違いますので注意です。

    いずれにしましても。(結論)

    ぜんぜん説明が足りませんが、早くも結論です。

    あれこれ悩む前に、さっさと審査に申し込みましょう。なぜかといえば、結構審査で落とされるからです。 これは合格もしていないのに、入る学校に悩んでいるようなもの。

    とりあえず資料もらったら両方申し込み、両方受かったら悩めばいいのです。ネットで調べるとわかりますが、実は落とされている方が大勢います。 

    特に勤続年数が短い方、個人事業主の方、お仕事が不安定な方、過去に滞納経験のある方、落とされてしまう可能性が十分にあります。ネット上では簡易審査ができますが、これはあくまでも目安。

    実際に書類を提出して、融資確定まで油断は禁物です。 お勧めは、2-3社にしぼったら、すべてに申請することです。 なぜかというと、融資確定までにはかなりの日数がかかること。 また、提出書類を集めるのがとても大変だからです。 登記書類、税務署や区役所、あれこれ行く必要があり、 会社の書類も集めます。これらをもらうなら、1部も2部も一緒。1社にだけ申請して、もし落ちてしまった場合。 再度これらの書類を集めなおす、書き直すことになったら、 もう心が折れてしまいそうです。
    悩んでいる方は、まずは両方に申し込み、審査に通ってから悩みましょう!


     

    ラーメン二郎新橋店に行ってきました。
    新橋店といえど、場所は新橋駅から10分程度歩きます。
    虎ノ門駅や内幸町駅からも同じ位でしょうか。
    愛宕神社、慈恵医大のすぐそばです。

    それより行ってみて驚いたのが、 場所がなんと!
    第2のラーメン二郎ともいわれた肉蕎麦屋、 港屋の道路を挟んだ反対側!

    ジャンルは違えど、モロライバル。

    港屋をご存知ない方のための参考写真↓港屋の記事と肉蕎麦。
    大盛りの蕎麦を甘辛ラー油と生卵でわしわしと食すニュータイプ蕎麦です。↓ 港屋が二郎に近い、と書かれた記事 港屋の肉そば

     新ジャンル日本蕎麦といわれる港屋、 ラーメンにあらずといわれる二郎。

    種は違えど同レベルの満足感を約束してくれる二店が並ぶとは、
     おもしろいエリアになりました。
    ちなみに徒歩10分圏内には、 二郎のインスパイアが5件もあります。
     都内でももっともインスパイアが密集しているエリアです。

     ・らーめんバリ男
     http://r.tabelog.com/tokyo/A1308/A130802/13112970/
     ・ラーメン虎ノ門店(元、二郎) http://gourmet.livedoor.com/restaurant/7700/
    ・ラーメン新橋店(元、二郎) http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13007940/ ・らうめんさぶ郎 http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13014016/
    ・ビッグラーメン虎ノ門店 http://r.tabelog.com/tokyo/A1308/A130802/13015268/

    新橋3丁目にあるラーメン屋”泪橋”も二郎インスパイアか。

    ここに本家のラーメン二郎ができたので、
    もう新橋・虎ノ門は、ジロリアンエリアと化してきました。
     さてお店の方ですが、キレイです。
     写真ではわかりにくいかもしれませんが、 看板がなんとメッシュです、おしゃれです。

    待ちは7-8人。

     P1000611.jpg

    港屋の方をちらりとみると、あちらも15人程度ですが、
    立ち食い蕎麦である港屋の方が圧倒的に進む速度がはやい。
     港屋の行列↓ いつの間にか真っ黒だった外壁が白くなってました。 P1000610.jpg

    それでも20分後には着席。 座席数が14席。
    店内は二郎他店に比べたら広いです。
    製麺エリアも確保されていました。
    当たりまえですが、お店もコップもキレイ。
     値段は、ラーメンが700円。小豚が800円と、やや高め。
    汁なしや味噌などの変化球はなし。
    麺は平ざるで湯切りされて、丼に盛られます。
    そしてでてきたのがこちら。

     ラーメン、コールは、”ヤサイニンニク” ヤサイは、
    モヤシの割合が非常に多く、豚は2枚。
    スープは、かなり白い乳化スープです。 麺はつるつる。
    P1000608.jpg P1000609.jpg
     
    あくまで個人的な印象ですが、
    二郎系としては二郎品川店やバリ男に近いかと。
    神保町、川崎、中山の各店のような、舌がびりびりくる強烈さはなく、
     カネシもグルエースも押さえ気味で、 二郎初心者にも食べやすいかと思います。

    ラーメン二郎新橋店
    〒105-0003 東京都港区西新橋2-33-4
     営業時間 11:00-15:00/17:00-21:30 定休日 日曜日

    GNUGPLライセンスとは

    ググってもよくわかりません。
    WikiPediaによると以下のとおりでした。

    「GNU General Public License」の略。
     コピーライトの反意語、コピーレフトと呼ばれる、
     ソフトウエアの著作権の代表的なもの。


    ???


    まだ全然わかりません。

    要は、どのように使ってよいのかが知りたいのです。
    なんとか読み解くと、以下のことが許諾されているそうです。

    1.プログラムの実行すること、OK
    2.プログラムのソースコードを変えること、OK
    3.複製したものを不特定多数に配布すること、OK
    4.プログラムを改良して公表すること、OK
    ⇒でもその場合はソースコードを隠さないこと

    商用もOKだそうです。

    GNUGPLライセンスと検索してもでてこないので、
    GPU、もしくはGPLで検索した方が、細かいい記載がでてきます。

    <地元コラム>横浜市少年洋上セミナーのその後nipponn06

    ふと気になった。

    「洋上セミナーって、その後どうなっているのだろう?」

    正式名称は、横浜市少年洋上セミナー。
    1982年、当時横浜市長だった細郷道一氏が発足。毎年夏の横浜市恒例イベントだ。
    抽選で選ばれた横浜市内の中学1年生、550人程がにっぽん丸や、ふじ丸といった巨大船で北海道への向かう研修クルージングトレーニング。
    親元を離れての5日間、横浜大桟橋から北海道までの航海で、規則正しい集団生活から、レク、ロープワーク、天体観測、海洋実習など行う。目的地の北海道では同世代少年らとの交流もする。当時の細郷市長は、横浜の未来を担う青少年活動にとても力を入れていた。

    私も学校に貼ってあったポスターを見て応募。
    中学1年生という多感な時期に、他校と仲間と大海原の中で過ごした日々は、とてつもなく強烈な想い出となった。巨大船に乗ること、長い間家族を離れて旅すること、水平線に囲まれること、信じらない程きれいな星空を観ることも。人と大自然とのふれあい。底抜けに楽しそうなリーダー達への憧れ。それはあまりにも濃く、楽しく、充実した体験の連続であり、下船の解散時には別れを惜しんでメンバー全員が大泣きした。それからは横浜に住んでいることが誇りとなり、横浜が心から好きになった。

    今振り返ると、人生の大切な選択や岐路で、この洋上セミナーの経験が関わっている。リーダーと同じ団体に入り、横浜で開催される数々のイベントに積極的に参加し、その繋がりで大勢の人達と出会った。外に向かって積極的に楽しみを求めていくようになった。自然、特に海が好きになった。洋上セミナーはその後の人生にも多大なる影響を与えてくれた、感謝してもしきれないイベントであった。

    いつか自分に子供ができたら絶対に参加させたいと思っていた。今の思春期の子供たちにとって、机上であれこれ学ぶよりも、本当に必要なのは、仲間と共有する感動や地球の美しさに接するリアルな実体験なんだと強く思う。
     
    でも、ネットで洋上セミナーを調べても情報がない!?

    「横浜市少年洋上セミナー」で検索しても、1件もでてこない。なんで?
    あんな大イベントの情報が、なぜ存在しない?

    気になったので、横浜市議会の議事録を紐解いてみた。

    議事録には、第22回目(2001年開催)までは実施活動の記載がある。
    しかしその後、2002年以降洋上セミナーに関する情報が一切ない。

    どうやら2002年に洋上セミナーが廃止されたようす。

    好評だった横浜恒例夏のイベントがなぜ廃止になったのか?理由を調べてみたが、議事録には記載がない。でも、納得ができる要因があった。この2002年、横浜市にとって歴史的な出来事があったのだ。

    細郷道一市長の意志を継ぎ、12年に渡り市長を務めた高秀秀信さんが市長選挙に破れた年である。そして新市長、中田宏さんが就任した年だ。

    この市長選は実にドラマティックだった。「現職の高秀 vs 新人の中田」という対決になったのだが、元々中田氏は高秀氏の元で世話になっていた学生だった。当時お金がなかった中田氏は、高秀一家でご飯やお風呂までいただいていたという。

    その恩師である高秀氏を批判し、仇で返す反逆の市長選だった。
    横浜市民は若くて勢いのあった中田氏に投票。高秀氏を破り中田宏横浜市長が誕生した。そして市長選から数か月後、高秀さんは病にて他界してしまう。

    その後高秀夫人による「夫は中田市長に殺された」という記事が週刊現代に掲載された。この内容から高秀氏の無念さが伺い知れる。

    横浜市長となった中田氏は、就任直後から徹底的な削減政策を実施。
    その時に洋上セミナーも廃止された模様。
    中田宏新市長が掲げていた無駄な公共事業の1つとなったのだろう。
    残念過ぎる廃止だが、これは市の財政状況を考えてのやむなき判断だったのかもしれない。

    もう1つの横浜名物、当時各区役所の目立つ場所にあった市長への直送封書「市長への手紙」までも同時に廃止された。大した経費はかからないが、これも無駄の削減か?

    ハマっ子の未来への投資、洋上セミナーまで廃止したのに。
    最終的に中田宏市長はY150(横浜開港記念博)の大失敗で28億という莫大な赤字を作った直後、総責任者という立場ながら、説明責任を回避し任期直前にトンズラ辞任をしてしまった。
    横浜が全国の笑いものになったY150の惨状はネットに上がってるとおり。この莫大な赤字は、最終的に横浜市民税で補てんされた。

    これで洋上セミナーがあと何百回開催できたよ!?
    そんなこと考えると悲しいばかり。

    かつての細郷市長と高秀市長、ふたりのおじいちゃん市長は、横浜の未来を担う青少年の活動支援にとても力をいれていた。団結式の朝、細郷市長がスピーチの後、にこにこしながら僕らを見送ってくれた。横浜に住んでいて良かった、横浜が好きだと心から思った。当時よく使われていた横浜の地元愛あふれる「ハマっ子」なんて言葉ももはや死語になった気さえする。

    横浜市少年洋上セミナーは、今はネット上にも殆ど情報がない。キラッキラに輝いていた横浜の大イベントが、まるで”幻”だったかのように。跡形もなく無くなってしまった。
    あの光景、感情、時間だけが、大人になった我々各団員の心の中にだけ、強く懐かしく残っている。

    天国の細郷さん、高秀さん、素晴らしい贈り物をありがとう。今もずっと感謝していますよ。

    <KAMEブログより転記>



    豆知識


    横浜開港150周年を記念して2009年に「Y150」横浜開国博が開催された。

    横浜の威信をかけたこの一大イベントは中田宏「肝煎り」で情実任用された野田由美子(副市長)らによって推進され、有料入場者数500万人と計画された。しかし杜撰な計画が当初から指摘されており開幕早々不振となる。もはや失敗が明白な情勢となると中田宏は責任追及を恐れて任期半ばに市長職を辞職。そのまま不振が続き、結果として有料入場者は計画の25%にも満たない悲惨な有様となってしまった。この失態と巨額赤字をかかえたまま次々に外郭団体の横浜開港150周年協会の杜撰な仕事が明るみになった。旅行代理店各社らは「イベント内容は当初計画案とかけ離れており、横浜開港150周年協会は契約義務を果たしていない」として提訴。また横浜開港150周年協会は運営を委託した博報堂JVに対して、今更になって概算契約金の減額を求めて調停申し立てするなど、この問題は泥沼の訴訟を6つも抱える事態となった。この事態を収拾できないとみるや野田由美子も早々に辞職。横浜市議会・決算特別委員会は「担当者がいないのでは審査の障害になる」「責任を全うしなかった理由も分からない」として中田宏と野田由美子を参考人招致する事態となったが後の祭りである。このように横浜市は中田宏とその周辺人物の無知・無能・無責任のために多大な損失を被る事となった。


    集客数では、同時期に開催されたお台場の実物大ガンダム一体に負けた。

    【Y150】絶句・・・・こんなものに多額の税金を使ったのか 


    スクーバーダイビングで、耳抜きができなかった時のレポートです。

    当然できる、と信じて疑わなかった、
    「耳抜き」ができなかったのです。

    スクーバのライセンスを取ったときにはできたのです。
    何年ぶりかに潜った際、どうしてもできなかったのです。
     
    しかもその事態は、もっとも重要なときにやってきました。

    場所は、世界中のスクーバダイバーの憧れ、海中世界遺産の地域。

    成田からジェット機、プロペラ機、ジープ、チャーター船と乗り継ぎ、
     大変な時間と労力を要して辿り着いた場所で起きました。

    スクーバの機材を装備して、撮影用のカメラもチェック。
    船のヘリに腰掛けて、そのまま背中から海中へザブン!

    徐々に水深を下げ、耳に違和感がやってきました。
    さぁ耳抜きをしようと、鼻をつまんで・・・キュ!

    あれ、抜けない・・・!?

    仲間の一行はどんどん下へ。
    どんなに力んでも、なにしても抜けず。

    なんで抜けない!?

    世界遺産を目の前にして引き返すわけにもいかず。
    結局、耳と頭が痛いのを我慢して潜ったのです。

    船に上がったら、耳の中に水が入っていました。
    トントンやっても、逆立ちしても抜けません。
    綿棒もティッシュも、中に水をいれる荒療治もだめ。
    水のガサガサ音がして、聴力も落ちてよくきこえません。

    帰国して1週間たってもガサゴソ音が消えないので、
    有名な耳鼻科にいきました。

    なかなか怖い先生で、
    なんで耳抜きできないのに潜るんだ、
    引き返さないんと駄目だ!と怒られました。

    なんでも水深を下げてコマクに圧力がかかった状態で、
    耳の内側から圧力を均等にしようとして、体液がでてくるとか。
    それがガサガサいってたわけで、
    海水が入ってしまったわけではないようです。
    コマクの内側なんで抜けないわけです。

    先生は、そのままほって置けば治るとのこと。
    そのとおり2週間後には、自然に治っておりました。


    その1年後。

    また同じ海中世界遺産に行くことになりました。

    昨年の二の舞は踏みたくない、とネットであらゆる耳抜き対策を収集、
    万全の準備をしていきました。

    耳抜きのさまざまなテクニックにくわえて、
    十分な睡眠、ガム噛み、鼻づまり対策、唾呑み、事前耳抜き、
    横向き耳抜き、など、徹底的に予行準備をしていったのです。

    そしてまた、大変な苦労の末、現地へ。

    昨年と同じ光景。

    今度こそ大丈夫だ!と、海中にサブン。

    5m程潜ったときに、鼻をつまんで、キュっ!

    ・・・あれ、抜けない。

    あわてずに、抜けない対策を順々に試してみます。

    ・・・抜けない。

    あれだけ準備したのに、耳抜きができないのです。
    前回と違ってあわてているわけでもなく、
    冷静に試しているのですが、ぜんぜん耳が抜けません。

    一行はどんどん海底へ。

    水深計は5m。

    それ以下に下げようとすると、耳と頭が痛くなります。
    なぜか前回よりもさらに痛くて、激痛状態。
    ひととおり全部やっても抜けず。

    もはや、ここまでか。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    結局、その後、とっさに思いついた方法で、
    耳抜きしないまま、30mの深さまで、潜りました。

    耳のことを考えたら、絶対にいけないことですが、
    こんな僻地まできて仕事せずに帰ることは許されない状況でした。



    海中で上記のような状況に陥った人のため、
    その時やった方法を記載しておきます。



    まず、耳抜きできずに潜ると、5m地点で耳と頭が痛くなります。
    痛くてがまんできず、それ以上水深を下げれなくなります。
    がまんして潜ると、先述したとおりの結果になります。
    下手するとコマクが損傷します。

    ここまでは上記に書いたとおりです。

    僕は、水深計をチェックして、5m地点で5分程滞在しました。
    すると、耳の痛みが突然スッと消えます。
    これは水圧に慣れたと思われます。

    慣れたら、50cm水深を下げます。50cmです。
    1m下げると、耳と頭が痛くなります。
    耳が痛くなるギリギリまで、水深を下げます。

    耳と頭が痛くなったら、すぐ30cm上に上がります。
    そして1分その水深にいます。
    痛みがスッと消えますので、そうしたら50cm下げます。
    本当に30cmとか、50cmの感覚です。

    こうして無理に耳抜きをせずに、
    水圧に少しずつ慣らして、少しずつ、少しずつ、水深を下げたのです。
    耳と頭が痛くなったら、30cm浮上、慣れたら50cm下げ、

    空気を送ったり排出したりする、レギュレーターは1プッシュのみ。
    ジワジワと水深を下げました。

    結局、耳抜きせずに20mを超えて、30m近くまで潜りました。
    ある程度の水深までいくと、もう頭痛や耳の痛みは起きません。


    ただ、今度は上昇するときに、
    水深下げる時ほどではありませんが、
    また耳が痛くなり、同じ方法でちょっとずつ上がりました。

    これで、3日間乗り切りました。
    前回のようなことにはなりませんでした。

    参考にもなんにもならないと思いますし、
    本当は潜っちゃいけません。

    しかし。

    僕と同じような境遇になる方がいるかもしれません。
    知識として役立つかもしれん、と書きました。

     

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